神「悪いけど、私そんなには大したことないよ。」って言う可能性はあ

神「悪いけど、私そんなには大したことないよ。」って言う可能性はありますか?
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神の化身ならあり得るでしょう。
そもそも神がどんな形をしているのか誰にもわかりません。
おそらく、わたしたちの概念の範疇を超えた形だから、それはもう形とは呼べないかも知れない。
神には「脳」や「声帯」などという下等な器官も無いでしょうから、喋るとなると、まずキリストのような化身をこしらえてからの作業になります。
しかも、「わたし」とか「大したこと」とか「悪い(申し訳ない)」という概念を設定する必要も生じてきます。
もし仮に、蟻に犬並みの知能があったとして、その蟻には、象の形を捉えることができるでしょうか。
ある蟻は、象の爪を捉えて「これが象だ」とイメージし、また別の蟻は象の牙を、象の実態だと勘違いするでしょう。
同じように、象を神に見立てた時、わたしたち人間の知能は、犬どころか、蟻よりも劣ることが十分に想像できます。
「神」は人間に、様々なイマジネーションを喚起させますが、わたしたちがよく口にする「全知全能」という概念ですら、神を確実に捉えた言葉だとは思えません。
わたしたちが神を、「全知全能」と呼称するのは、神が「全知全能」という概念に収まらない存在だからです。
もっと言えば、神には「概念」の意味すら、上手く理解できないかも知れませんね。
その意味で神は、ある人間にとっては「大したことない」存在でしょう。
それは丁度、人間に飼われたペットの無知に似ています。
散歩に連れて行ってくれたり、餌を与えてくれたり、撫で撫でしてくれる人間はペットにとってありがたい存在です。
しかし人が人の営みに従事する限りに於いて、人間はペットにとって取るに足らない存在であるのと同じように、わたしたちには神の計画の偉大さを理解することができません。
◆どういう神かによる。
信仰の対象になってる神なら言う。
神が全知全能になるには信徒が必要不可欠なんです。
なぜなら神の言葉は信徒の言葉。神の知恵は信徒の知恵だから。
例えばキリスト教なんて世界中に信徒がいて、いろんな人種、職種、研究者、哲学者、エトセトラがいるでしょ。
これら全てが神の発言者であって、神の知恵だ。
逆に私がいま宗教を作ってみよう。
信徒は私だけだ。
つまり神の発言は私の発言であり、神の意思は私の意思だ。
どうです。大したこと無い神でしょう。
神とはもともと大したこと無いのです。
その宗教の大きさや知恵や出来ることの密度で、神の偉大さも変わるのですよ。
◆大いにあるかと思います。
そもそも全知全能の大した神様というのは一神教か多神教の主神クラスくらいです。
多神教では貧乏神も死神も九十九神も神様です。
神様も忙しいみたいなので人間もできることは自分らでやった方がいいと思います。
◆可能性である以上あると言わざる得ないと思われます。
◆全知全能を大したことないって思ってるんでしょう
◆あります。
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